要旨( abstract )
『老子』傅奕本来源考
― テキスト処理による「項羽妾本」介在の検証
儒家以外の先秦諸子の中で、『老子』ほど長きにわたって様々なかたちで好んで読まれた書物はない。そのためか、伝承されている今本『老子』には各時代の様々な改変を被っている。たとえば字数だけを取り上げてみても、最も字数の少ない本で 4,999字(敦煌唐鈔本)、逆に今本中で最も字数が多いとされる本で 5,539字(傅奕本)と、わずか 5,000字という短編にもかかわらず 500字以上もの開きが見られる。
1973年に中国湖南省の馬王堆3号前漢墓から、帛書 ― つまりシルクに書かれた、甲・乙 2種類の『老子』が出土した時には、そうした後代のフィルタを幾枚も突き破った、漢人が見ていた『老子』の貌が明らかになったということで注目されたが、このとき、この帛書本との字句の近似性の面から注目されたテキストが本稿で取り上げる「傅奕本」である 。しかし、この傅奕本については、帛書本との近似性が指摘されて重視されるようにはなったものの、その来源については不明な点が多く、傅奕本自体に分析と評価を加えた研究もほとんど見られない。唯一、この傅奕本の詳細について言及しているのは、道蔵與字号に「紹熙二年(1191)」の上表と共に収録されている、南宋・謝守灝の『混元聖紀』である。『混元聖紀』によれば、傅奕本は「項羽妾本」・「安丘望之本」・「河上丈人本」の3種類の本を基礎に、それを『韓非子』喩老篇中の『老子』句の引用部・「洛陽官本」・河上公本2種・王弼本2種によって対校しているという。このうち帛書本との関係で注目されているのが、北斉の武平五年(574)に彭城の人が項羽の妾の冢をあばいて発見したという「項羽妾本」で、これが事実であるとすれば、帛書甲本とほぼ同じ鈔写年代のテキストを使っていることになる。
本稿では、NGSM (N-Gram based System for Multiple document comparison and analysis) の手法を用いて傅奕本を他本と比較対照し、その特質を明らかにしつつ、傅奕本がいかなる本に基づいて制作されたのか、― 換言すれば『混元聖紀』に見える傅奕本の来源に関する記述内容の妥当性について検証した。その結果、(1)『混元聖紀』の傅奕本に関する記述が必ずしも後人の創作にかかるとは言い切れないこと、(2) 帛書本との近似性から意識されてきた「項羽妾本」とおぼしき「古本」が、実は傅奕本の中央部の限られた範囲にのみ認められること、(3) 中央部の「古本」を挟んで「安丘望之本」・「河上丈人本」に相当すると思われる2種類の本が前後の補填に利用されていることなどが明らかにされた。
「『老子』傅奕本来源考