題目( abstract )
劉向本《戰國策》の文献学的研究
目次( abstract )
総 序
第一章 劉向以前における書物の通行形態
- はじめに
- 第一節 問題の所在
- 第二節 篇章の混乱
- 第三節 書題・篇題の問題
- 第四節 出土文献における一書の範囲
- 馬王堆三号漢墓出土帛書群の体裁的特徴
- 篇題木牘に見る劉向以前本の実態
- 第五節 劉向の校書以前から定着していた古文献の例
- 第六節 劉向新定本中に内在する先行著作群
- 小 結
第二章 劉向新定本の特徴と編集基準
- はじめに
- 第一節 問題の所在
- 第二節 劉向の書籍整理法検討の重要性
- 第三節 章學誠の劉向校讐学説
- 以人類書説と互著・別裁説
- 九流出於王官説と古時官師合一説
- 第四節 劉向の校書過程 ― 章學誠説の応用
第三章 姚本戰國策考 ― 今本から劉向以前本復元の可否について
- はじめに
- 第一節 劉向本から曾鞏本までの諸問題
- 漢唐間の伝承過程
- 唐宋間の散佚と曾鞏本
- 鄭良樹氏の今本脱文説と何晉氏の批判
- 南宋の姚校本と鮑彪本
- 第二節 劉向本と劉向以前本の特徴
- 荀子楊倞新目と劉向旧目にみる劉向本の構成上の特徴
- 戰國縱橫家書にみる劉向以前本戰國策の特徴
- 第三節 姚本戰國策の内部構造
- 小 結
第四章 劉向以前本戰國策への復元
- 第一節 三十三篇の分篇について
- 第二節 東周策・西周策(2篇4群)
- 第三節 秦策(5篇13群)
- 第四節 齊策(6篇11群)
- 第五節 楚策(4篇9群)
- 第六節 趙策(4篇17群)
- 第七節 魏策(4篇15群)
- 第八節 韓策(3篇10群)
- 第九節 燕策(3篇9群)
- 第十節 宋衞策(1篇2群)
- 第十一節 中山策(1篇4群+1章)
補編「国別者八篇」考 ― 戰國策縦横家賦の結合
- はじめに
- 第一節 各説話群の相互関連性
- 第二節 縦横家賦群の特徴
- 第三節 縦横家と辞賦の関連性
- 第四節 賦の性質よりみる縦横家賦の性格
- 終 節「國別者八篇」の制作時期と背景
總 結
- 巻末附表1:《戰國策》章目および内包説話群
- 巻末附表2:出土文献の書式および書題篇題標眉状況
要旨( abstract )
当該論文は、従来史料として活用しがたかった《戰國策》を、前漢末(前一世紀末)劉向の編集以前の、より書き手・伝え手ごとのまとまりを見せている体裁に復元することによって、史料批判を容易ならしめている。本稿の主要部分は都合五章(補編を含む)で構成されている。
総序は問題提起を兼ね、当該研究の問題の所在と目的を明らかにしている。《戰國策》は前漢末の劉向によって、先行する縦横家系説話集を主軸に戦国時代の故事を東周・西周・秦・齊・楚・趙・魏・韓・燕・宋・衞・中山の十二国三十三篇の形に編集したものだが、劉向に一世紀ほど先行する司馬遷が《史記》の戦国部分を制作するのに、最も多く依拠した書物がこの《戰國策》の原本であったとされる(班固《漢書・司馬遷傳》)。したがって《戰國策》の史料的信頼性は、戦国時代の基本史料である《史記》の信頼性に直結すると言っても過言ではない。
《戰國策》の史料的信頼性については、古くから《戰國策》を事実主体の記録とみなす説と、文学的創作性のある説話であるとする説に分かれるが、これは《戰國策》中に見られる内容や年代の齟齬や、文学的文飾などから鑑みると説話と見なす説の方が確当である。説話の多くは他事にかこつけた「寓言」(《莊子・寓言》)という呼称が象徴しているように、説得を目的として先に設定された説話の主旨や粗筋に対して、後から最も効果的な人物や事件を充てる。つまり《戰國策》の説話の内容を、そのまま直ちに戦国時代の事件と捉えてしまうことはできないことになる。しかしながら、一方でそうした説話の特性から必然的に予想される歴史的事実との矛盾や齟齬は、かえって説話の作者の事情や制作時の背景を伝えている可能性があり、ここに《戰國策》の史料活用への光明がある。
今ひとつ重要な問題は、《戰國策》を含む先秦古文献は全般的に一手一時に成らずとされ、その著者や作時が判然としていない点である。仮託者である説話の書き手が、何時の何びとであるのかが明確にされない限り、史料として活用することはできない。本稿では劉向の書籍整理基準などの分析を通して、《戰國策》をより書き手・伝え手ごとのまとまりを持っている劉向以前の体裁に復元し、史料批判をこれまでより遥かに容易ならしめることを目的とする。
第一章「劉向以前における書物の通行形態」では、《戰國策》の復元に先立って劉向以前に流布していた書物の一般的な特徴を明らかにした。前漢以前に制作された古文献は、その大半が前漢の河平三年(前二六)以降に、《戰國策》の編者としても知られる前漢末の劉向の手によって再整理されている。特に現存する先秦古文献の多くは、この劉向の校書事業の前後で体裁を大きく異にすることがある。そこで本章では、まず劉向の校書事業以前の書物の体裁的な特徴を、伝存している今本と近年相次いで発見されている出土文献の比較から、劉向以前の書物が所蔵者ごとの興味や趣向に基づいて一定のテーマに沿った篇章がセレクトされていて異本間における体裁が基本的に不安定であることを明らかにし、これにより内容の不安定な出土文献よりも、より多くの異本を参照している劉向の校定を経た今本を利用することの有利さが確認された。また同時に劉向以前の書物は、書題や篇題も明記しないケースが多く、明記している場合でも個別の所蔵者によって便宜的に付けられているに過ぎず、早くから書き手の判別が困難であったことを明らかにしたが、こうした数篇から成る団塊的著作群の中には、時に書き手ごと もしくは有機的な関係を持った集団ごとの著作群と思われる早期から定着しているまとまりも見受けられ、劉向以前の書物の書き手を考える際には、このような団塊的著作群を今本から抽出することが必要であることを主張した。
第二章「劉向新定本の特徴と編集基準」では、前漢以前に制作された古文献の大半が劉向校書事業の再整理を経ているのにも関わらず、従来の多くの先秦古文献研究において校書事業の全体像の確認が不充分であったことを踏まえ、第一章で確認したような特徴を持った先行本が、劉向によってどのように整理されたのかを、この分野における古典的名著である清の章學誠の《校讐通義》や《文史通義》における劉向校讐学説を下敷きにして検討した。その結果、第一章で確認した「所蔵者ごとの興味や趣向に基づいて一定のテーマに沿った篇章がセレクトされている」という特徴を持った先行本は、「家」という人物・学派本意の単位で整理され、それを六経の経義にどの程度合致しているかで序列づけしていることが明らかにされた。
以上の二章の成果を踏まえ、第三章「姚本戰國策考」から《戰國策》の分析に移る。《戰國策》は唐宋間の部分的散佚を経ており、またともに北宋の曾鞏の校定した本に依拠していながら、南宋の姚宏の校定本(いわゆる「姚本」)と鮑彪の校注本(いわゆる「鮑本」)という全く性格を異にした二系統の本が伝わっている。一般的にはこのうちの姚本が勝るとされるが、姚本が劉向以来の原貌をとどめていないとする論も根強く、またそのような論説に対する批判についても、依然 章次が必ずしも年代順になっていないという問題の原因解明になお議論の余地がある。そこで本章では果たして姚本《戰國策》が劉向以来の原貌を留めているか否かをを明らかにするとともに、劉向以前本を見据えた《戰國策》の可逆的復元の可否を模索した。その結果、現行の姚本《戰國策》中には、湖南省長沙馬王堆三号漢墓から出土した《戰國縱橫家書》のように、用字や内容に一定の特徴が認められる先行著作群が団塊的に介在しており、先行する個別の戦国説話集を分解せずに基本的に元の構成を保ったまま配列した形跡が認められ、姚本が劉向本の原貌を、また劉向本が校書事業以前の本の原貌をそれぞれ保持していることを確認した。
第四章「劉向以前本戰國策への復元」では、第三章の結果を踏まえて、具体的に今本(姚本)《戰國策》三十三篇を劉向以前本の体裁に分析した。既に確認したように姚本《戰國策》には、一定の人物ないしテーマに沿った章が団塊的に並んでおり、それを細かく分類していくと、最低でも東周策・西周策両篇が併せて四群、秦策五篇が十三群、齊策六篇が十一群、楚策四篇が九群、趙策四篇が十七群、魏策四篇が十五群、韓策三篇が十群、燕策三篇が九群、宋衞策が二群(宋と衞で各一群)、中山策が四群の都合九十四群の説話群で構成されていることが確認された。
補編「國別者八篇考」は、第四章で分解した先行諸説話群のうち、蘇秦・張儀らの縦横家説話のグループが、劉向が《戰國策》編集の骨組みとして利用したという「國別者八篇」(劉向《戰國策序錄》)に相当することを明らかにした。《戰國策》の説話はしばしば辞賦と呼ばれる漢代に流行した文学ジャンルの先駆的用例として紹介されている。就中、秦策一・齊策一・楚策一・趙策二・魏策一・韓策一・燕策一に見られる各国四方の名勝国勢を称揚した「国ぼめ」の文を含む諸章は、相互に共通する特徴が多数見られ、同一人物による連作ではないかと考えられる。本章ではこれを劉向のいう「國別者八篇」に比定した。
「劉向本《戰國策》の文献学的研究」要旨